日本代表の槙野智章について

槙野智章

 

槙野智章は広島県広島市出身のプロサッカー選手であります。父と兄の影響で小学1年生からサッカーを始め、隣町井口の井口明神小学校のサッカークラブに入団しました。2000年にサンフレッチェ広島ジュニアユースに入団し、同期には、森重真人、左山晋平などがいました。中学3年次にコーチの月岡利明により、FWのポジションからセンターバックにコンバートされました。2003年にユースチームに昇格しました。2年後、センターバックとしてレギュラーを獲得し、ユースレベルでの3大大会の全てで決勝に進出し2冠達成しました。

2006年11月に開催されたAFCユース選手権2006および翌2007年7月に開催された2007 FIFA U-20ワールドカップでは福元洋平とセンターバックでコンビを組み、守備の要として、またムードメーカーとしても活躍しました。カナダで開催されたU-20ワールドカップ本大会では髪を赤に染めていたが、現地では「ジャパニーズ・ベッカム」と評され注目を集めた。2010年1月に若手が起用されたアジアカップ最終予選のイエメン戦で、ゲームキャプテンとして代表初出場を果たしました。2012年2月24日のキリンチャレンジカップ・アイスランド戦で代表初得点を挙げました。

槙野智章

2006年にサンフレッチェ広島のトップチームに昇格し、2007年8月に先発メンバーに抜擢されました。2010年12月にドイツ・ブンデスリーガの1.FCケルンへ完全移籍を決めました。2012年1月11日、出場機会を求め、広島時代の恩師であるミハイロ・ペトロヴィッチが就任した浦和レッズへの1年間の期限付き移籍が決定しました。2012年12月4日、2013年シーズンより浦和への完全移籍加入が発表されました。また背番号を「5」に変更し、この年はリーグ戦34試合全試合に出場しました。

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